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2012.5.14
前回書こうとしていたのは、私の予備校時代の思い出です。
私は昔、駿台予備校に通っていたことがあります。
日本史の担当は佐々木先生でした。
その最初の授業で、先生は、歴史を学ぶとは何を学ぶことか?
と問われました。
ギュウギュウ詰めの一クラス数百名の生徒は沈黙。
数分後、先生は黒板の中央に、二の七十乗と、数学で使う書き方で大書されました。
そして、これを計算したまえ、と指示されたのです。
従順に計算する者、こんな事やってられるかと、ぶつぶつ言い始める者、考え込む者。
教室内がだんだん騒がしくなってきたところで、先生はその計算結果をすらすらと黒板に書かれたのです。
幾つだったかは、記憶にはありませんが、勿論相当大きな数だった訳です。
そして、こう続けられたのです。
君たち一人が存在するのに、父と母、二人必要である。
有史二千百年に限っても、一世代三十年として、七十世代ある。
つまり、重複がないと仮定して、君たち一人一人存在するのに、これだけ
たくさんの人間の営みがあったということになる。
歴史を学ぶというのは、その営みの中味を知り、今生きている自分を知ることである。
私は大きな衝撃をうけました。
情動の裏付けのある体験は記憶に残る、と言われますが、正にこの出来事がそれを物語っています。
その時を境にして、私は苦手だった日本史が好きになり、当然、日本史が得意科目になっていった訳です。
何故ここでこの話をしたかというと、なかなか自分を肯定できない子供たちに、
命がけで産んでくれたお母さんの話や、人類の七百万年に及ぶ一瞬の間隙もない命のバトンの話とともに、よくこの話も使わせていただいたからです。
同時に、後々人を教えるようになるなどと、夢にも思っていなかったこの頃、
教師という仕事の魅力とその一つの理想形を刷り込まれたのではないかと思われるからです。