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2012.12.24
子供たちに、主体的である事の喜びや重要性を、どのように教えてゆけばいいのでしょうか。
そもそも、主体的であるということは、どういう事なのか。
主体性を持つという事はどういう事なのか。
主体的に生きるとは、どんな価値があるのか。
こうした生きる土台、さまざまな能力を発揮する土台をどのように子供の中に構築させていけばよいのでしょうか。
主体的とは、自治もしくは自主独立もしくは自立などと同様な価値を表すと思われます。
自らの思考・判断に基づく意思決定と行動、それに伴う当然の自己責任。
生まれたばかりの子供は、完全に周囲の環境に依存しています。
その中心はもちろん母親です。
親の庇護の下、依存的存在であり、他律的です。
やがて自律的になり、自立に向かいます。
この自然の流れの中で、いつ頃を、自立の時と定めたらよいのでしょうか。
私は、十三歳が理想的な時ではないかと考えています。
以前にもお伝えしましたが、脳科学は、十歳頃まで急激にその重量を増してきた脳が、増加のペースを一気に低下させ、その後高原状態になってしまうことを、突き止めています。
また、発達心理学の知見によれば、十二・三才で自我が確立すると判断してよいようです。
さらに、歴史的に見ても、十歳から十五歳にかけて、学力テストや様々な能力測定を行い、試練を与えたりして、最初の社会的選別を行ってきた国々が非常に多いという事です。
その象徴的な行事が、ユダヤ人社会にあるそうです。
その行事は、ユダヤ五千年の叡智の一つに挙げられることもあるようです。
男の子は、みんな、十三歳の誕生日後の最初の土曜日に、「バー・ミツバ」という成人式に当たる儀式を、シナゴーグ(ユダヤ人教会)で行わなければなりません。
どんな儀式かといいますと、十三歳になったばかりの少年が、会衆の前で、聖書の一節を朗読し、合わせて、その箇所に対する自らの解釈を披露するというものです。
この儀式の存在によって、ユダヤ人の男性には、長い歴史を通じて、読み書きのできない者はなく、常に自分独自の考えを持つ習慣を身に付けてきたといわれているようです。
十三歳になるまでに、読み書きができるようになり、自分なりの解釈を聖書に与えしかも、それを多くの大人たちに対して発表できる事が、成人として認められる条件だったのです。
こうした様々な事から、私は「十三歳で一人前」と考え、我が子を含め、私や私の経営する塾に関係した子供たちには、この考えに沿った指導をしてきたつもりです。
十三歳で一人前という考えを固めたのには、個人的なある重要な体験があり、それについては、次回お話しするつもりです。