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中学受験・高校受験・大学受験・帰国子女を含む英語教育全般および教材の出版とテスト会の運営、EQ育成などトータルサポートする田島教育グループ

機関紙Philos

Philos.の目指すもの

Philos.の目指すもの

25年前の春、田島教育グループはスタートしました。当時、私は早大の実質一年生(一浪・一留)で、唯、経済的困窮を打破するためだけの企てでした。
 生活費や学費を稼ぎ出すためだけに始めた仕事は、しかし、質的にも量的にも想像を超えるものでした。学習指導・進路指導・受験指導は元より、家庭内や学校での様々な問題が持ち込まれ、経験も知識も乏しい私は、待ったなしの体当たり生活が続きました。
 そこには、「教育」の持つ底知れぬ可能性と恐さがありました。同時に、この上ない生きがい、やりがいもありました。以来、25年、この道一筋にやってきました。

 今回のPhilos.創刊の目的の一つは、まず、この四分の一世紀の総括にあります。それは同時に、これまでの様々な経験や知識やノウハウの蓄積を基に、今後手がけてゆく新しい実践の紹介でもあります。
 創刊の目的の二つ目めは、実はこの事が、一番大きな動機でもあるのですが、「親、家庭が教育についての自信を回復する事」にあります。

 現在、教育を取り巻く環境が揺れています。毎日のように少年犯罪が報道され、新聞紙上では少なくなったものの、登校拒否やいじめや学級崩壊や、また、高等教育の形骸化(大学生の学力低下)等の深刻な問題も進行中です。
 行政面でも様々な変革が行われています。学校週5日制に伴う、学習指導要領による大幅な学習内容の削減、公立中高一貫教育の出現、通学区域の改革等です。

 このような状況下で、塾の経営者として、また長い間子供たちを実際に指導していた者として、また親として、今後の子供たちへの指導のあり方を考えた時、これまでの20数年間とは全く、異質なものを私は感じます。
  それは、現状、何も全面的に頼るものがないという事です。特に、これまで、国の施策や学校に、 ある部分完全に依存しても大丈夫という、安心感なり、別の言い方をすると逃げ道が親や家庭にはあった訳です。それがどうも頼ったら危ないぞ、怪しいぞ、と いう現象が出てきた。これは、これまでの教育に関する諸問題が、ある一定の枠内だったのに比べ、今提起されている問題は枠そのもののあり方を問うものであ る、と言えるのではないでしょうか。
 子供を守り育てるのは、最後は家庭なり親です。その最後の拠り所が必要とする情報、知識やアドバイスを提供し、各家庭が揺るぎない教育機能を持ち続ける事をこのPhilos.は目指します。

 今、あらゆる教育問題は、各家庭にとり他山の石ではあり得ません。進学や受験を成功させるためにも、確固とした考え方を親が持ち、実践することが子供たちの将来にとって最重要である私は考えます。
 次号以降、具体的な議論を私の私論や、諸先輩との対談等を通して展開してゆきたいと考えております。 また、我がグループの顧問を始め、各界の指導者の意見、アドバイスも広く集め、役立たせて頂こうと考えております。 ご期待下さい。

教育情報コーナー

 

田島教育グループ顧問
森上 展安氏
 

略歴
 昭和五〇年、早稲田大学法学部卒。昭和五一年、学習塾「武久鴻志会」を創立し、中学入試実績で単 独校としては記録的な御三家七四名合格を果たす。独立後は森上教育研究所、中学受験研究会、私学支援のNPOなどを設立。そのオピニオンリーダーぶりは NHK、月刊文藝春秋、全国紙、週刊朝日、読売ウィークリー等、マスメディアにも数多く取り上げられ教育界に新風を巻き起こしている。『中学受験入りやす くてお得な学校』『有名私立中学「ホンネの選択」』『中学受験図鑑』など、著書も多数。

 

 

 

 

 

NO.30

シリーズ連載(NO.30)── 「教員免許更新制度を考える」
                (2007.11.13付全私学新聞掲載の記事による)

久保田 宏明氏

 今、学校関係者の間に、学校に対する国の管理体制を強めるともとれる教育再生三法が2007年6月に成 立したことに対する懸念や戸惑いが出ている。国は「教育の憲法」―このような言葉が良いか悪いかは別として―とも呼ばれる教育基本法の改正に続いて、更な る教育再生を加速させることになった。
 即ち、改正学校教育法では「副校長」「主幹」「指導教諭」の導入などを盛り込み、現行の「なべぶた式」学 校組織を「ピラミッド型」の管理体制を強める重層構造に転換、さらに改正地方教育行政法においては、教育委員会に対して国が指示、是正する要求権を新設、 特に私立学校に対しては知事部局が、公立学校所管の教育委員会から助言、援助を受け、私学を多角的に指導・助言できる体制を整え、従来は学則や補助金交付 などの許認可が中心であったものが教育内容についても物を申すことが可能になった。
 そして、現在最も学校現場を動揺させているのが教育職員免許法の改正で、免許更新制が導入されたことである。
  今回のこれら諸々の改正で学校が確実に変わると評価し、歓迎する声は少なく、いじめ問題などに文科省が教育委員会に対して強く指導・指示することで、社会 的に根深いものがある「いじめ」などが簡単になくなるとは思えず、むしろ国の規制が強まり、地方分権の考え方に逆行しているのではないか、また、ピラミッ ド型による中間管理職の増については当然教員定数外で処理されると考えるが、定数の中で補うのであれば、子供たちに向き合う教員はますます少なくなり、教 育環境の整備よりむしろ支障が出るのではないか、学校は常に価値観の異なる教員が集まっても、お互いを尊重し、協力しあって子供たちの教育に当たる場であ ることが望ましく、子供たちに対する視点が欠落し、管理体制が強まることで全て画一的になる恐れはないか、など制度の存立に危惧の念を抱く声が大であるこ とも確かである。
 特に教員免許更新制については、自動車運転免許のように技術的な程度が明確なものと異なり、医師免許など数ある国家資格の免許 制度で更新制の導入については、学校に弊害を及ぼすことが多いとの声が強く、今回はこの教員免許更新制度導入に絞って考えてみることにしたいと思う。

  まず、この制度導入の目的についてであるが、中央教育審議会は2006年7月の「今後の教員養成と免許制度の在り方」の中で更新制度は「教員の資質向上」 を目的としていると述べている。しかし、2006年12月の衆院特別委員会において、安倍前首相は教育再生会議に関連して「この制度は不適格教員を排除す るためのもの」と答弁しており、まず改正の目的が明確でないが、何れにしても目的と手段を履き違えていることが伺われる。「個人が何を学び、何を教えるこ とができるか」を公証するのが免許制度であり、不適格教員を排除するのは「任用」の問題であって、必要ならばその制度を改正すべきであり、現在でも不適格 教員は懲戒・分限・配置転換などの諸制度によって排除されており、また公務員の条件付採用制度も一般公務員の6か月より教育公務員は一年間と厳しく、これ ら既存の制度を今後とも如何に公正かつ適正に運用するかが先決で、新たな制度づくりよりむしろ運用によって解決できる問題でもあり、制度と運用を混同して 考えるべきではない。また、現在教員の適格性を判断する客観的基準・指標はなく、中教審で言うところの「使命感、社会性、人間関係能力、教育的愛情」など は抽象的で、判断する側の恣意的なものが入る恐れはないのか、さらに、国の考えている教員の「資質・能力」が今回の制度改正で刷新、向上するかどうかも定 かでない等の声が聞かれるところである。

 さて、日本の教員の質が実際に低下しているのかという素朴な疑問がある。OECDの2007 年における加盟国30か国の教育現場の国際比較調査で国の教育機関に対する公的支出の2004年度対GDP比は約7%を超えるアイスランド、デンマークに 比べて日本は3.5%で世界のワースト2であり、2003年の調査でも3.5%と加盟国の最下位であった。また、子供1000人当りの教職員数はアメリカ 123.5、フランス120.1であるのに比べ日本は83.0と少なく、中等教育における学級規模ではアメリカ22.6人、フランス24.3人に対し日本 は34.3人とOECD調査の最大規模という。さらに、地域間の学校格差については世界最小水準で、PISA以外の各種学力調査でも日本は上位を占めてい ると報告されており、少なくとも日本の教員は先進国中の最低条件の下で最高水準の成果をあげていると考えると、日本の教員の質が低下しているとは必ずしも 言い難いと思う。
 さらに国内におけるNHK放送文化研究所の2002年調査でも20数年前に比べ暴力行為などは減少傾向にあり、中高生の90%以上が「学校は楽しい」と答えていると報告されている。
 なお、指導が不適切な教員の認定者数も2005年の506名から2006年は450名と減少し、現職教員110万人から見ると0.04%と必ずしも多いとは言えず、大多数の教員は日夜努力しているのである。

  これらのデータを見る限りでは、日本の教育全般において、教育現場は落ち着いていることが伺われ、それは日本の教員の努力の結果と見るべきで、「教育再 生」という言葉そのものが如何なものかと考えてしまう。しかし、逆にキレる子供たちが注目を集めることへの危機感があることも確かであるが、いずれにせよ これらの良き情報が国民の耳には仲々届かず、駄目という情報に惑わされ、国中が「教育に問題あり」とすること自体問題なのではないか、そしてこれらが子供 たちの心情に貢献しているとは思われない。
 特に10年毎の更新、30時間の講習にしても、現職教員約110万人以上の現状で、その他に非常勤講 師、免許状を取得して教職に就いていない社会人の教職希望者などを含めると膨大な数で、対象者全員に講習を準備しなければならず、受入れ側の大学、教育委 員会にしても教員・職員の数は限られており、受講者全員に「時代の変化に対応する資質能力」の改善に対応する講習が可能なのか、むしろ先進国の中でも徹底 していると評価されている日本の現行の現職研修制度の充実と有効な運用の改善をはかることの方が先決ではないか。そのことの方が「子供たちにとって無駄も 少なく」、教育改革は一体誰のためのものかを考えて欲しいと思う。
 また、ここ数年、学校で何か問題が起こる毎に、教員の責任だけが問われる比率 は高く、教員養成や学部の志願者減が目立ち始め、2007年の国立の教員養成系大学の志願者は昨年の約52000人から1割以上も減少し、倍率も4.9倍 から4.4倍に下がるなどますます教職離れがすすむのではと危惧する声も大きい。
 現行制度の可否が十分論議、検討、検証されないまま、教員に係 わる重要な制度改革が急ピッチで行われることは問題で、学校で起きている諸々の問題は、その原因が必ずしも学校内だけにあるのではなく、社会における歪み が大きく反映されていることを考えると、その責任を全て教員に背負わせることは如何なものか、先に述べたとおり現行の研修制度の改善策や運用の見直しなど の議論が全くなされていないことの方が問題なのではないだろうか。
 この制度の具体策が少しずつ見えてきた現段階で、これをもって教員の資質向上 につながるかどうかの判断は差し控えるが、今後とも運用において講習の基準、質などの内容、受講機関の保証、講習免除対象者の適切な認定など、特に私学に 対応した制度設計・運用について十分見守っていきたいと考えている。

 

  

教育情報コーナー(No.30)── 午後入試をめぐって

田島教育グループ顧問
森上 展安氏

 先日、進学情報誌の社長からお電話を頂いた。
「先生、1分いいですか」という切り出しであった。
「はい、どうぞ」と私。
「さっき某校(電話では実名─有名大学付属中学)入試担当者から相談の電話で、用向きはなんと、別の学校の午後入試に参りたいから早めに退出できないかという親の要望に対して、これをどう扱えばよいか、というんです」
「親も親だけど、学校も学校ですね」と私。
「ついにここまできたか、という感じがしましてね。お耳に入れました」
 その社長の興奮がよく伝わってくるお電話だった。
「ここまできたか」というのは私にとって二重の感慨で、有名大学付属校の入試担当者や教頭といえば、ついこの前までどこも高圧的だった。進学情報誌への対応も然りで、あくまで取材させてやっている、という態度物腰が露骨だった。
 その有名大付属校が、進学情報誌におうかがいをたてる、という時代の変化にまずは「ほうっ」という感がある。
  そして何より、入試の主体性の喪失が印象的だ。何といっても私立中学の器量は入試であって、他所の中学を受けるから便宜を図れ、というのは本末転倒だ。そ れもこれも午後入試という妙な入試方法が原因で、併願第二志望をそれこそ公然と入試制度にしてしまった時点でおかしくなり始めていた。
 それが昨今の午後入試ブームといえる動きですっかり午後入試が定着した結果、上記のような要望も出てきたのだ。本来、午後入試の有り様は人が集まらない学校がゲリラ的にやるようなもので受験生にしても疲れるばかりである。
 しかし、武蔵工大付とか普連土だとか名の通った私立中学もこの数年で参入してすっかりオーソライズされてしまった。
 しかしそれらは需給相俟ってそうなったのだから良いも悪いも言ってはいられない。

 やはり何といっても「ここまできたか」というのは、その親の要望そのものである。
 そもそも午前入試をする大学付属校に対して失礼だ。そういうはばかりはなかったのだろうか。
 そうはいっても一日に2校も受験する以上、どこかで調整する他ない事情があった、というのは勿論、理解できる。しかし、普通そうした相談を持ちかける相手は当の午後入試校に対してであろう。
 何しろ午前入試があるべき姿であり、前提のところ、いわば「すき間」を狙った午後入試なのだから、融通を利かすのはまずは午後入試校の方である。相談する相手をまちがえている。
 それで思い出すのは、近年増えている「あの人を合格させないで下さい」という親の申し入れだ。いわくいじめっ子である、いわく悪癖がある。
 学校側としてはそれで「はいそうですか」とはいかないぐらいのことがどうして理解できないのだろうか、と不思議でならない。
 百歩ゆずって、自分の子を合格させてくれ、と言っているのではないのだし、その受験生が入学して困るのは学校の方だろうから良いではないか、という考え方なのかもしれない。
 確かにそういう展開になるかもしれないが、それはそれで学校側の責任で対処することであって、別の受験生(の保護者)が言うべきことでもない。

〈学校側と生徒側のあるべき姿〉
 本来なら学力試験は一定の足切りくらいにして、どのような学校なら入りたいか、どのような考え方のご家庭なりご本人なら入学してもらってよいのか、を双方で話し合って入学できるとよい。英米のプレップスクールなどであれば、ほぼそういうものだ。
 先日も、江戸川学園取手を相手取って生徒の保護者から、「入学時点では論語の教えを学べるはずが、校長を学園側が中途で解任したためにその教えを学べなくなったのは契約不履行である」という訴えが第一審の地裁で認められていた。
 このように学校側と生徒側とは一定の契約関係にある、というのが今の学校と保護者の法的解釈である。
 逆に言えば、双方が何を期待してよいか事前になるべく理解すべきなのである。
 実は学校というのはまことに双方のシナジーがあって初めてそのよさが味わえるところで、教師集団のよさ、生徒集団のよさの両方がよく噛み合って息が合えば、それはすばらしいことになる。
 折からプロテスタント校は、来年(2008年)は2月3日が日曜日にあたり、入試日を変更するところが多い。すると、ある小田急線沿いの女子中学の隣りに住む私の知人がいうには、今年はそこの公開イベントに遠くからたくさんの受験生とその保護者が見えるのだそうだ。
 そもそもそんなところ(といっては失礼だが)ではなく、静かにほのぼのとした私立生活を送りたいお嬢様やそのご家庭が通わせたいところであって、遠方からわざわざ受験するようなところではない、とその知人の感想は続く。
 全く同感ではあるが、これもまた致し方のないことで、人気があることは喜ばしい。しかし、やはり知人の観察はよく言い当てていて、そこの学風はそのとおりなのだ。
 そこを勘違いして何か進学校のように様々なサポートを好ましく思う方々に大挙入学されても学校側はたまらないだろう。
 ここでも学校側は入試一本で選ばざるを得ないから、本当にその学校に合う生徒がとれる保証はない。
 むしろ例年と違ってミスマッチで入学する生徒が増えはしないだろうか、と思う。学校というのはやはり構成員相互のハーモニーで、その校風を慕う生徒・保護者との協同作業なのだ。
 もし最終的にその学校でよいかどうか迷われたら、是非その校風をよく知る方に当たって確認をとってはいかがだろうか。

 

 

NO.29

小田 全宏氏

●アクティブ・ブレイン・セミナーとは…
 この講座の入り口は、記憶力の増強ということであり、 受験などには抜群の威力を発揮します。また、ビジネスマンには資格試験のみならず、仕事の効率やコミュニケーション力の飛躍に顕著な効果が表れます。小学 校5年生から80歳をこえた方々までが、新しい自分に出会っている姿は本当に感動的であります。
 私は高校時代に「記憶法」の素晴らしさを実感 し、その後個人的に研究をして日常生活に役立てていたのですから、専門家ではありません。そのため、方法論が確立しておらず、試行錯誤の連続でしたが、皆 様からいろいろ教えて頂く間に、まさにIQ(知能指数)とEQ(心の知能指数)を統合した現在の構造を創出することができました。(中略)
 2006年の暮にはこのセミナーの実践の一端を披露した『「絶対記憶」メソッド』(PHP研究所)が出版されました。今年(2007年)からは大学の研究室とタイアップした形で、このアクティブ・ブレイン・セミナーの実証的研究をする予定です。
  「記憶法」を通して、各々の方が新しい自分を発見し、新しいスタートを切り、人間関係を豊かにされて、深い自信と感性を一人一人が獲得していかれることを 知り、私自身が皆様から大きな喜びを頂いております。このアクティブ・ブレイン・セミナーの試みが日本人の心に新たな希望とエネルギーを生み出す源泉にな ることを念願しております。
 (小田全宏公式オフィシャルウェブサイトより)

 昨年末と今年の2月にアクティブ・ブレイン・セミナーの講師を務めさせていただきました。
  通常は成人を対象にしておりますが、今回の田島教育グループでは、小学5・6年生とその保護者の方の参加という形式で行いました。小学生が中心ということ で、私もどんな結果が出るのかとても期待しておりましたが、その成果に驚くとともに、受講後の自信にみちた子供たちの顔を目のあたりにして、大変感動し、 私自身も多くのことを学ばせていただきました。
 今回は、このメソッドに実際の教材を使うという試みをしましたが、普段より格段のスピードで覚え ていく様子に驚き、子供達の脳は柔軟で、たくさんの情報をインプットできる能力にあふれていることを改めて実感いたしました。また、同伴の保護者の方々 も、自分達の能力を再発見なさったのではないでしょうか。
 今回のセミナーを受講することによって、自分の子供の能力への不安感が解消され、自分達の新しい可能性も知り、家庭ではコミュニケーションが深くなったとのご感想をいただきました。
 積極的にご参加くださった皆様方に心から御礼申し上げます。

 人間の能力は、天才も凡人も遺伝子的には大差はありません。しかし、何かをやり遂げる人は、その人の遺伝子がONになるからだと言われています。
  重量挙げの選手しか持ち上げられないような重い物でも、助けたいと思う人を救うためには、普段想像ができないような力を発揮して、重い物を持ち上げること ができます。これを「火事場のばか力」と言いますが、それはその人の思いが強く、遺伝子がその瞬間にONなるからです。
 このアクティブ・ブレインのメソッドは、やり方を学ぶという研修ではなく、本来備わっている自分の力を自分で引き出し、遺伝子をONにさせることが目的です。
  「失った自信を取り戻すには3年かかるが、コンプレックスをつけるのには3日もあればよい」という言葉があります。全く、失った自信を取りもどすのはそう 簡単なものではありません。言葉で「君ならできる」といくら励ましても、その人の心が動かなければ、何も変わりません。
 アクティブ・ブレイン・ セミナーで、沢山のことを覚えることができた自分自身に驚く、感動するということが、一番大事なことなのです。いつの間にか、かかってしまった心の鍵を解 くことになります。子供たちは目前には、暗記学習という壁があるので、セミナーで発見した自分の力を即使って、結果を出すことができるので、とてもはっき りとした効果が見られます。知識の習得が楽になると、その知識をベースに物事を考えたり感じたりすることができるので、さらにまた深く多角的に物事を捉え ることができるようになります。そうすると、プラスの相乗効果が始まり、学ぶことは心地よい体験になっていくはずです。

 このアクティ ブ・ブレイン・セミナーへの親子参加をきっかけに、保護者の方たちも自分の人生をもう一度振り返り、新しい自分を再発見されたのではないでしょうか。どん なことに自分は感動して、どんなことをやってみたいのか、そしてもしかしたら、もうあきらめていた自分に出会った方もいるかもしれません。
 「親 が変われは子が変わる」という言葉は衆智な言葉ですが、真実深い意味があります。もちろん子供への接し方や対話の仕方をいろいろ考えて、よいコミュニケー ションをとれるように工夫することも大事なことです。しかし、一番大事なことは、親自身が、いきいきと輝いて、自分をあきらめずに努力する生き方を示すこ とです。
 そんなことを率直に親子で話しあってみると、さらに豊かなコミュニケーションが生まれることでしょう。このセミナー受講をきっかけとして、新しい自分観が生まれ、それが皆様方の幸せな人生に繋がってゆくことと確信しております。

 セミナーをご一緒できたご縁を喜んでおります。まして、親子のご縁を持っていることは、大変に素晴らしいことです。そのご縁を大切に育まれることを心から祈念いたします。
 そして、またお会いできますことを楽しみにしております。

 

  

教育情報コーナー(NO.29)── 落ち着くところに落ち着くのか

田島教育グループ顧問
森上 展安氏

 先日、私立中学高校270校にアンケートを出して160余校からご回答を頂いた大学進学についての回答について少しご紹介したい。
 それは中学受験の入る難しさと、出た実績についてのものなのだが、やはり入る難しさのランクごとに平均をとると出た実績もそれは見事に「それなり」だった。
 そんなことは当たり前と思われるかもしれないが、別の処理をするとそうでもないという資料を毎年作っている者としては、やはりこの結果は悩ましくうつったのだ。
 そもそもその結果は例えば一番入るのに難しい「難関校」でみると、一番多い合格先は早慶の両大学合計であるし、次に入るのが難しい「上位校」でみると、それはMARCH(明治・青山・立教・中央・法政)ということになる。
 さらにもう少し入りやすい「中堅校」でみるとそれは日東駒専(日大・東洋・駒沢・専修)グループなのである。
 このようにどこの大学グループに多く合格するのか、というその多さの順番をつけて一番多いところ、二番目に多いところ、という選択肢の質問にしている。そうした結果が上記のような次第だった。
  そのことを素直にとると、さすがに「難関校」に入れば「せめて早慶合格」と思っている親にとっては満足がいく結果になっているということだろう。あるいは 「せめてMARCH」と考えている親にとっては、やはりせめて「上位校」にわが子を入れておかないといけないということになる。
 実は、早慶の付属は確かに中学入試の「難関校」だし、MARCHの付属校もやはり中学入試で「上位校」にランクされている。
 そういう意味ではほどよくバランスがとれている、といえなくもない。既にしてそのレベルの学校に入れるだけの学力のあるお子様が、大学受験でワンランク上を狙って、しかしながらそれはかなわず落ち着くところに落ち着く、というようにとってもよいかもしれない。
 でもそれでは中高6か年で何の学力伸長もなかった、ということになるし、中高でそれなりに学力を落とさなかった、とはいえるかもしれないが、決して伸ばしたとはいいにくいようにも思う。

〈合格実績というもの〉

 毎年、『入りやすくてお得な学校』(ダイヤモンド社)という本を出させてもらっている。今年も10月頃には店頭に出ているはずだが、そこで用いて いる表は、まさに入口と出口のパフォーマンスの差の大きいところで、いわば相場よりワンランク上を実現しているような学校である。
 そもそも横軸に大学実績を卒業生数を母数にして、その大学グループ(例えば早慶とかMARCHとか)の延べ合格者数を割って比率を出す。縦軸は入口の偏差値である。そうすると、国公立大合格についていえば、見事な相関となって表中に学校が分散する。
  ところがそれを早慶でとってみると相関がなく、まさに分散してしまう。つまり入口の偏差値が50であってもよいところはよいし、60以上あっても悪いとこ ろは悪い。もっともそれは今の入口の偏差値であって6年前の入学時の偏差値でとると若干の違いはあるが、むしろ6年前の方が相関が少ないことも事実であ る。
 その結果、こと早慶合格ということについていえば、入口の偏差値がそれなりだから大丈夫ともいえないし、ダメだとあきらめるのも早い、ということである。
 こちらの方は、卒業生比率で延べ合格者数でとっているため一人でたくさんの学部に合格するというと実体以上のものになりがちなので、その点の資料の不確実度がある。さらに色々な学校をパーセンテイジ順に並べているのでその差が大きく出る。
 しかし、冒頭のアンケートの手法だとその学校で一番多い合格大学グループという選択肢だから、20名でも10名でも絶対数だからその差はわからないし、ましてその比率(卒業生対比)は前述したとおり様々なのである。
 ということで各々スポットの当て方の違いで随分と印象が違ってくるのが合格実績というもののようである。

〈新たな視点を持つ〉

 そこで一つには、やはり出口の大勢は入口のレベルに左右されるということ。しかし、多勢に流されるかどうかは個人のその時点のありようなので余地はある。そういうことはいえそうだ。
 しかしさらにいえば今春入試の宝仙共学部理数インターのように、桜蔭をけって宝仙共学部に入学した女子のお子様がいたように、新しく作る学校が志を高く掲げると、それが好感をもって受け止められるという入試情勢がいくつかの学校で最近は起こっている。
  これは以前には少ないことで、やはり固定観念のない学校については、入口の難度からは少しワンランクもツーランクも上の実績をあげると宣言しても決して絵 空事と否定するのではなく、期待をしてわが子を預けようということであるし、それは現状の学校にはない志の高さ、と受け止められているのだろう。
 そうはいっても入口と出口を結びつける論理が説得力のあるものであって初めて信用が生まれるので、あながち先入観をもってみるべきではないだろう。
 むしろ、そもそも入口と出口が余りパフォーマンスが変わらないというのでは率直に言って選抜機能がその学校にはあるとしても、教育機能が貧弱だ、といえよう。
  その意味でもっと高い教育機能も、たしかに親としては期待したい。とりわけ、いわゆる都立の重点進学校に指定されている日比谷等の進学パフォーマンスがこ の数年めざましく改善しており、とりわけ中堅私学となるとそちらに預けるより、高校で公立トップ校に行かせた方が伸びやしないか、と親が迷ってもおかしく ない状況もそろそろ生まれつつある。
 ここは従って、今の高校の進学(教育)機能で比べる一方で、学区の公立中学と受験する私立中学の教育機能で比較することも必要になる。中学の新規開校の学校の人気はそんな所にあるのだろう。

 さて、中学受験は大変なブームである。一方、高校、大学受験は少子化の影響をまともに受けて全体の活気から部分的な活気に移っている。
 一番目につくのは、いわゆるMARCHクラスの大学の人気上昇とそれを支える各大学の活発な動きだろう。早慶とこれらの大学は少子化をにらみ一貫指導体制を強化しようとしているし、そのニーズは高い。
 キャップの場合は早くから中学受験専業でノウハウを蓄えてきて今日に至っているので、今日の状況をよく見通してきた、といえる。
 今後は、中学受験の前段階の才能開発とか現状の中高一貫校でなかなか教育開発が十分とはいえない英数国の補助的な指導とか、これら全体の個別ニーズに応える指導などがさらに求められるだろう。

 

福田一郎vs田島秀恭

Philos.の目指すもの

Philos.の目指すもの

25年前の春、田島教育グループはスタートしました。当時、私は早大の実質一年生(一浪・一留)で、唯、経済的困窮を打破するためだけの企てでした。
 生活費や学費を稼ぎ出すためだけに始めた仕事は、しかし、質的にも量的にも想像を超えるものでした。学習指導・進路指導・受験指導は元より、家庭内や学校での様々な問題が持ち込まれ、経験も知識も乏しい私は、待ったなしの体当たり生活が続きました。
 そこには、「教育」の持つ底知れぬ可能性と恐さがありました。同時に、この上ない生きがい、やりがいもありました。以来、25年、この道一筋にやってきました。

 今回のPhilos.創刊の目的の一つは、まず、この四分の一世紀の総括にあります。それは同時に、これまでの様々な経験や知識やノウハウの蓄積を基に、今後手がけてゆく新しい実践の紹介でもあります。
 創刊の目的の二つ目めは、実はこの事が、一番大きな動機でもあるのですが、「親、家庭が教育についての自信を回復する事」にあります。

 現在、教育を取り巻く環境が揺れています。毎日のように少年犯罪が報道され、新聞紙上では少なくなったものの、登校拒否やいじめや学級崩壊や、また、高等教育の形骸化(大学生の学力低下)等の深刻な問題も進行中です。
 行政面でも様々な変革が行われています。学校週5日制に伴う、学習指導要領による大幅な学習内容の削減、公立中高一貫教育の出現、通学区域の改革等です。

 このような状況下で、塾の経営者として、また長い間子供たちを実際に指導していた者として、また親として、今後の子供たちへの指導のあり方を考えた時、これまでの20数年間とは全く、異質なものを私は感じます。
  それは、現状、何も全面的に頼るものがないという事です。特に、これまで、国の施策や学校に、 ある部分完全に依存しても大丈夫という、安心感なり、別の言い方をすると逃げ道が親や家庭にはあった訳です。それがどうも頼ったら危ないぞ、怪しいぞ、と いう現象が出てきた。これは、これまでの教育に関する諸問題が、ある一定の枠内だったのに比べ、今提起されている問題は枠そのもののあり方を問うものであ る、と言えるのではないでしょうか。
 子供を守り育てるのは、最後は家庭なり親です。その最後の拠り所が必要とする情報、知識やアドバイスを提供し、各家庭が揺るぎない教育機能を持ち続ける事をこのPhilos.は目指します。

 今、あらゆる教育問題は、各家庭にとり他山の石ではあり得ません。進学や受験を成功させるためにも、確固とした考え方を親が持ち、実践することが子供たちの将来にとって最重要である私は考えます。
 次号以降、具体的な議論を私の私論や、諸先輩との対談等を通して展開してゆきたいと考えております。 また、我がグループの顧問を始め、各界の指導者の意見、アドバイスも広く集め、役立たせて頂こうと考えております。
 ご期待下さい。

教育情報コーナー

田島教育グループ顧問
森上 展安氏

略歴
 昭和五〇年、早稲田大学法学部卒。昭和五一年、学習塾「武久鴻志会」を創立し、中学入試実績で単独校としては記録的な御三家七四名合格を果 たす。独立後は森上教育研究所、中学受験研究会、私学支援のNPOなどを設立。そのオピニオンリーダーぶりはNHK、月刊文藝春秋、全国紙、週刊朝日、読 売ウィークリー等、マスメディアにも数多く取り上げられ教育界に新風を巻き起こしている。『中学受験入りやすくてお得な学校』『有名私立中学「ホンネの選 択」』『中学受験図鑑』など、著書も多数。

 

 

 

 

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