25年前の春、田島教育グループはスタートしました。当時、私は早大の実質一年生(一浪・一留)で、唯、経済的困窮を打破するためだけの企てでした。 生活費や学費を稼ぎ出すためだけに始めた仕事は、しかし、質的にも量的にも想像を超えるものでした。学習指導・進路指導・受験指導は元より、家庭内や学校での様々な問題が持ち込まれ、経験も知識も乏しい私は、待ったなしの体当たり生活が続きました。 そこには、「教育」の持つ底知れぬ可能性と恐さがありました。同時に、この上ない生きがい、やりがいもありました。以来、25年、この道一筋にやってきました。
今回のPhilos.創刊の目的の一つは、まず、この四分の一世紀の総括にあります。それは同時に、これまでの様々な経験や知識やノウハウの蓄積を基に、今後手がけてゆく新しい実践の紹介でもあります。 創刊の目的の二つ目めは、実はこの事が、一番大きな動機でもあるのですが、「親、家庭が教育についての自信を回復する事」にあります。
現在、教育を取り巻く環境が揺れています。毎日のように少年犯罪が報道され、新聞紙上では少なくなったものの、登校拒否やいじめや学級崩壊や、また、高等教育の形骸化(大学生の学力低下)等の深刻な問題も進行中です。 行政面でも様々な変革が行われています。学校週5日制に伴う、学習指導要領による大幅な学習内容の削減、公立中高一貫教育の出現、通学区域の改革等です。
このような状況下で、塾の経営者として、また長い間子供たちを実際に指導していた者として、また親として、今後の子供たちへの指導のあり方を考えた時、これまでの20数年間とは全く、異質なものを私は感じます。 それは、現状、何も全面的に頼るものがないという事です。特に、これまで、国の施策や学校に、 ある部分完全に依存しても大丈夫という、安心感なり、別の言い方をすると逃げ道が親や家庭にはあった訳です。それがどうも頼ったら危ないぞ、怪しいぞ、という現象が出てきた。これは、これまでの教育に関する諸問題が、ある一定の枠内だったのに比べ、今提起されている問題は枠そのもののあり方を問うものである、と言えるのではないでしょうか。 子供を守り育てるのは、最後は家庭なり親です。その最後の拠り所が必要とする情報、知識やアドバイスを提供し、各家庭が揺るぎない教育機能を持ち続ける事をこのPhilos.は目指します。
今、あらゆる教育問題は、各家庭にとり他山の石ではあり得ません。進学や受験を成功させるためにも、確固とした考え方を親が持ち、実践することが子供たちの将来にとって最重要である私は考えます。 次号以降、具体的な議論を私の私論や、諸先輩との対談等を通して展開してゆきたいと考えております。 また、我がグループの顧問を始め、各界の指導者の意見、アドバイスも広く集め、役立たせて頂こうと考えております。 ご期待下さい。 |